FOSS(Free and Open Source Software:自由でオープンなソフトウェア)プロジェクトの中でも、社会に大きな影響を与えているものを紹介する本シリーズ。今回は、厳しい環境下でも人道支援や開発団体が重要なデータを収集・管理できるよう支援する、オープンソースプラットフォーム「KoboToolbox」を取り上げます。この記事では、KoboToolboxの歩み、革新的な機能、そして世界中での影響について掘り下げていきます。また、Koboの最高執行兼イノベーション責任者であるティノ・クロイツァー氏へのインタビューもご紹介します。
2005年、KoboToolboxの前身となるプロジェクトが、危機地域で紙とペンに代わるデジタルツールとしてウガンダで試験運用されました。2010年には、カスタマイズされたOpenDataKit(ODK)が遠隔地でのデータ収集に不可欠な存在となり、国連などの機関によって採用されるようになりました。2013年には、国連人道問題調整事務所(UN OCHA)との提携により、KoboToolboxがグローバルに展開され、2014年からは無料ホスティングも提供開始。2019年には独立した非営利団体となり、導入当初は100万件のデータ収集に1年かかっていましたが、2021年にはそれを2日ごとに達成するまでに成長しました。
現在、世界中で15,000以上の非営利団体がKoboToolboxを活用し、プロジェクトの管理や地域への影響測定に役立てています。もともとは国連機関や国際NGOでの利用が主でしたが、現在では中低所得国の地域密着型の小規模団体に多く使われています。これは、誰でも使えるデータ技術を通じた社会的変化への貢献を私たちが重視している証です。また、KoboToolboxは「デジタル公共財」としても認定されており、2024年のPizzigati賞(優れたオープンソースプロジェクトに贈られる賞)を受賞したことも、大きな評価のひとつです。
もちろんです。たとえば、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は、世界各地で難民や避難民の支援にKoboToolboxを活用しています。また、赤十字・赤新月社連盟は、災害や健康危機で影響を受けた何百万人もの人々を支援するためにこのツールを使用しています。世界銀行やカリブ開発銀行などは、貧困削減や経済開発に役立てています。さらに、人道支援や開発の枠を超えて、環境保護や人権、教育分野でも活用されています。例えば、Environmental Justice FoundationやBlue Venturesは、海洋生態系と生物多様性保護のためのデータ収集にKoboToolboxを使用しています。
KoboToolboxは、インターネット接続が不安定な環境や資源が乏しい地域でも質の高いデータを収集できるよう設計されています。20種類以上の質問形式を使って調査票を作成でき、データはオフラインでも収集・保存が可能です。インターネット接続時に同期される設計となっており、データは転送中に暗号化され、必要に応じてエンドツーエンド暗号化も可能です。さらに、高度なセキュリティが求められるプロジェクトには、ローカルネットワーク上で完全にオフラインで稼働させることも可能です。
私たちはアクセシビリティとインクルージョンを非常に重視しています。現在、ユーザーインターフェースは60以上の言語に対応しており、翻訳者コミュニティの協力によりその数はさらに増えています。また、調査票自体にも簡単に翻訳を追加できるため、さまざまな言語で正確なデータ収集が可能です。さらに、オフラインでの使用が可能な点も重要で、インターネットや言語の壁によって取り残されがちな遠隔地のコミュニティからもデータを集められるようになっています。
私たちのチームには、経験豊富なデータの専門家が在籍しており、カスタムトレーニングやダッシュボードの開発、フォーム設計、プロジェクト権限設定などのサポートを行っています。大規模な組織向けには、無制限の調査送信やセキュリティ強化、柔軟なカスタマイズが可能なプライベートサーバーを提供しています。小規模団体向けには、有償で専用サポートを追加することもできます。また、すべてのユーザーが無料で利用できるリソースとして、ヘルプセンター、コミュニティフォーラム、オンライン学習プラットフォーム「KoboToolbox Academy」が用意されています。
KoboToolbox Academyは、私たちが特に力を入れている新しい取り組みです。社会貢献分野の団体やグローバルなコミュニティを対象に、自分のペースで学べるオンライン講座を提供しています。現在は、データ収集の基礎を学べる「エッセンシャル講座(英語・フランス語)」と、人道的ニーズ評価に関する無料のインタラクティブトレーニングを提供しています。まもなくスペイン語版も公開予定です。さらに、上級ユーザー向けの応用講座も現在開発中です。
最近では、「KoboToolboxアンバサダープログラム」を立ち上げました。これは、世界各国の団体がより簡単にデータ技術にアクセスできるよう支援する、ボランティア主体の取り組みです。現在、28カ国から30名のアンバサダーが参加しており、現地でのトレーニングやユーザーグループの運営などを通じて、地域の能力向上に貢献しています。また、アンバサダーから寄せられるフィードバックは、新機能の開発や改善にも役立っています。
自由記述回答などの定性的データは、分析が重要である一方で多くのリソースが必要です。これを効率化するため、2年前からAI技術の導入を開始しました。自然言語処理(NLP)を使って、72言語での音声の自動文字起こしや、106言語での自動翻訳を可能にしています。これにより、多言語環境でのデータ収集が格段に楽になり、現地言語によるコミュニティ支援がしやすくなりました。現在はさらに、大規模言語モデル(LLM)や分類器も導入中で、自由回答の分析を大幅に効率化することが期待されています。