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EDUtech Australia 2026でLPIが示したスキル育成と認定資格

EDUtech Australia 2026:オープンソース教育とデジタル人材育成の未来を見据えて 2026年6月3日~4日にシドニー国際コンベンションセンター(International Convention Centre Sydney)で開催された「EDUtech Australia 2026」には、オーストラリア各地から教育関係者、研修機関、テクノロジー企業、政策立案者が集まりました。 Linux Professional Institute(LPI)にとって、このイベントは、オーストラリアにおけるデジタルスキル教育や教育テクノロジーの未来を形づくる人々と交流する、非常に充実した2日間となりました。 実社会で求められるスキルを育成する イベントの中でも特に有意義だったのが、TAFE NSWのJuliette Anich氏による「How manufacturing centres of excellence are tackling Australia's skills challenge(ものづくり分野のセンター・オブ・エクセレンスはいかにオーストラリアのスキル課題に取り組んでいるか)」という講演をきっかけに行われた意見交換です。 Anich氏は、知識を身に付けるだけでなく、その知識を実際の産業現場で活用できる人材を育成することの重要性について語りました。 この考え方は、LPIの理念とも深く一致しています。Linux Essentials 2.0、Security Essentials、Web Development Essentials、Open Source Essentialsといった認定資格は、技術職に就いた初日から実践できる具体的なスキルを証明することを目的としています。 今回の対話を通じて、ベンダーニュートラルで実践重視の認定資格が、職業教育機関や高等教育機関において、即戦力となる人材の育成を支える重要な役割を果たせることが改めて確認されました。 デジタルインクルージョンとハードウェアの長寿命化 イベント全体を通して繰り返し取り上げられたテーマが、「持続可能性」と「デジタルへの公平なアクセス」でした。 The Smith FamilyのAnton Rainer-Smith氏は、「Digital Inclusion in Action: Turning used laptops into student opportunity(実践するデジタルインクルージョン ― 中古ノートPCを学生の学びの機会へ)」と題した講演を行いました。 The Smith Familyでは、寄付されたノートPCを再整備し、十分なコンピューター環境を持たない学生へ提供する取り組みを進めています。 この活動は、LPIが推進する「Upgrade To Linux」キャンペーンとも密接に関係しています。オープンソースのOSを導入することで、現在の商用プラットフォームの要件を満たさなくなったハードウェアでも、引き続き有効活用することが可能になります。 PCの再整備プログラムとLinuxの導入を組み合わせることで、電子廃棄物を削減しながらデジタルデバイド(情報格差)の解消にも貢献できる、実践的な取り組みが実現します。 また、Lifecycle Plusとの意見交換でも、教育機関における持続可能性とアクセシビリティ向上の手段として、Linuxへの移行によってハードウェアの寿命を延ばすという考え方が共有されました。 オーストラリアの教育機関との新たなパートナーシップの可能性 こうした個別の意見交換に加え、EDUtech Australia 2026では、オーストラリア各地の専門学校、大学、職業訓練機関、高等学校との新たな交流の機会も生まれました。 多くの議論で共通していたテーマは、次のようなものでした。 [...]

LPI、国連で世界のFOSSエコシステムの発展を支援

UN Tech Over Hackathonが国連オープンソースウィーク2026の幕開けを飾る 2026年の国連オープンソースウィーク(UN Open Source Week 2026)のオープニングイベントである「UN Tech Over Hackathon」が、6月22日に米国ニューヨークの国連本部で閉幕しました。Linux Professional Institute(LPI)は、ハッカソンの共同主催者およびスポンサーの一員として参加しました。これは、2023年に始まり、2025年にLPIが「国連オープンソース原則(UN Open Source Principles)」への支持を表明したことで正式な協力関係となった、国連との連携を継続する取り組みです。 4日間・4会場・1つの目標 このハッカソンには、開発者、技術者、学生、イノベーターが集まり、国連機関が提示した実際の課題に対する実用的なオープンソースソリューションの開発に取り組みました。 参加チームは、6月19日にAmazon Web Servicesで開催された対面イベントでアイデア創出からプロトタイプ開発を開始しました。その後、6月20日はUNICEF Houseでメンタリングと共同作業を実施し、6月21日はリモートで共同開発を行い、6月22日に国連本部のECOSOC会議場で最終プレゼンテーションを行いました。 2つの課題、1つの目的 参加者は、現在オープンソースとAIをめぐる政策議論の中心となっている機関が設定した、2つの課題に取り組みました。 1つ目の課題は「エージェント時代における安全性・監督・ガバナンス(Safety, Supervision, and Governance in the Agentic World)」です。この課題は、スペイン人工知能監督庁(AESIA)と、スペイン・デジタル変革・公務省が主導するSpanish Open Source AI Communityによって策定されました。参加チームは、公平性、プライバシー、サイバーセキュリティ、人による監督を設計段階から組み込んだ、責任あるAIエージェントの構築方法を検討しました。 2つ目の課題は「データから行動へ:次世代エビデンスの構築(From Data to Action: Building Next Generation Evidence)」です。この課題は国連事務総長室(Executive Office of the Secretary-General)が主導し、国連システムが整備を進める「Data Commons」を活用した、意思決定に役立つデータプロダクトの開発がテーマとなりました。Data Commonsは、国連が公開する開発関連データを統合したナレッジグラフ基盤です。参加チームは、多様な実世界データを、人道支援、公共政策、開発計画、そして持続可能な開発目標(SDGs)の推進に役立つ実践的なエビデンスへと変換するツールを開発しました。 LPIネットワークから大学を招待 人材育成はLPIの中核的なミッションであり、このハッカソンはその取り組みを具体的に実践する場となりました。 LPIは、パートナーネットワークに加盟する教育機関へ参加を呼びかけ、その結果、Western Governors University(米国)とUniversidad Autónoma de Nuevo León(メキシコ)の2大学が現地参加しました。 この取り組みにより、学生や教員は国連機関、政府機関、そして業界のメンターと直接交流する機会を得ました。これは、LPIのAcademic [...]

Linux Essentials 2.0 ベータ試験を開始

LPI、Linux Essentials 2.0試験のベータ版を公開 2026年7月6日、トロント — オープンソース技術者向け認定資格の国際標準およびキャリア支援機関であるLinux Professional Institute(LPI)は、このたび、Linux Essentials 2.0試験のベータ版を公開したことを発表しました。 Linux Essentialsは、LPIで最も人気のあるエントリーレベルの認定資格であり、Linux、オープンソースソフトウェア、そして現代のITキャリアの基礎となるコマンドラインスキルを学ぶための入門資格です。 今回のバージョン2.0では、教育分野、クラウドコンピューティング、企業システムにおけるLinuxの進化を反映しながらも、学生、教育関係者、そしてIT業界を目指す人々にとって、これまでと変わらず学びやすいスタート地点を提供します。 LPI プロダクト開発ディレクターのFabian Thorns氏は次のように述べています。 「Linuxは、クラウドインフラ、サイバーセキュリティ、組み込みシステム、AIに至るまで、ほぼあらゆるIT分野で欠かせない技術となっています。Linux Essentials 2.0は、現在の技術環境に対応した実践的なスキルを身につけられるよう設計されている一方で、ベンダーニュートラルという認定資格の理念を維持し、オープンソースの世界への理想的な第一歩であり続けます。」 ベータ試験は、2026年8月15日から9月15日まで実施されます。試験はPearson VUEのOnVUEプラットフォームを利用したコンピュータベース試験(CBT)として提供され、受験者は自宅などからオンラインで受験できます。 試験時間は60分、出題数は40問です。試験言語は英語で、受験料は50米ドルです。アクティブなLPIメンバーは無料でベータ試験を受験できます。なお、試験結果を受け取るためには、試験終了後のアンケートへの回答が必須となります。 ベータ試験は試験開発プロセスの一環として実施されるもので、新しい試験の妥当性を検証するとともに、初期の統計データを収集することを目的としています。そのため、試験結果は、すべてのベータ試験が終了し評価が完了した後、ベータ期間終了後にまとめて通知されます。 試験に合格した受験者には正式な認定資格が授与されます。不合格となった場合は、受験結果を自身のプロフィールから削除するよう申請することができます。 Linux Professional Institute エグゼクティブディレクターのG. Matthew Rice氏は次のように述べています。 「Linux Essentials認定は、これまで何千人もの学習者がLinuxとオープンソースの世界へ踏み出す第一歩を支えてきました。今回のベータ試験に参加することで、受験者は最新の認定資格を取得できるだけでなく、次世代の技術者のためのLinux教育の未来づくりにも貢献することになります。」 ベータ試験への参加を希望する方は、lpi.org/beta-signup にある登録フォームからお申し込みください。 なお、募集人数には限りがあるため、すべてのお申し込みに対応できない場合があります。試験の詳細な出題範囲については、LPI Wiki(wiki.lpi.org/wiki/Linux_Essentials_Objectives_V2.0)をご覧ください。 Linux Professional Institute(LPI)について Linux Professional Institute(LPI)は、オープンソース技術者向け認定資格の国際標準を提供するとともに、キャリア支援を行う国際的な組織です。 35万人を超える認定取得者を擁し、ベンダーニュートラルなLinuxおよびオープンソース認定機関として世界で最も長い歴史と最大規模を誇ります。LPIは180以上の国と地域で認定資格を提供しており、多言語で試験を実施するとともに、世界中に数百のトレーニングパートナーを有しています。 詳しくは、LPI公式サイト(lpi.org)をご覧ください。 メディアお問い合わせ先 Björn SchönewaldCommunicationsLinux Professional Institutebschonewald@lpi.org

BSDが築いたインターネット ― その功績(後編)

このシリーズの第1回では、BSDとインターネットとの密接な関係について紹介しました。最終回となる今回は、BSDが生み出した代表的な技術や、その影響についてさらに詳しく見ていきます。 デジタル通信で最も重要な手段 現在では、友人や同僚、そして世界中の人々と情報を共有するための手段は数多く存在します。従来のSMS(ショートメッセージ)に加え、チャットツールやさまざまなコラボレーションプラットフォームが登場し、仕事の効率化やAIによる業務支援まで行われています。 しかし、デジタルコンピューティングの歴史の大半において、人々がほぼ全面的に依存していたのは電子メールでした。電子メールは、インターネットよりも早い1965年に考案されています。現在でも、多くのオンラインサービスでは、登録やログイン時にメールアドレスが必要です。これは、電子メールが世界共通で一意な識別子として機能しているという前提があるためです。 では、BSDは電子メールの発展にどのような貢献をしたのでしょうか。 インターネットで最終的に標準となったSimple Mail Transfer Protocol(SMTP)が登場する以前には、数多くのメール転送プロトコルが存在していました。 SMTPは、その名のとおり非常にシンプルなプロトコルです。FTPやTelnet、そして後に登場したHTTPと同じ設計思想を受け継ぎ、すべてがプレーンテキストで構成されています。そのため、アプリケーションの開発やデータ転送、トラブルシューティングが容易になります。メールは送信者などの情報を含むヘッダー行で始まり、その後に本文(ユーザーのメッセージ)が続きます。 しかし、メールソフトウェアの開発は決して簡単ではありませんでした。当時は数多くの異なるメールシステムが存在し、それらを相互にやり取りできるようにする必要があったからです。 Eric Allmanによるsendmailは、1979年に「delivermail」という名称で初めて公開されました。これは、SMTPが1982年8月にRFCとして正式に定義される以前のことです。 メール形式を解析するだけでも非常に困難な作業でした。多くのメール形式は、IPプロトコルスタックやDomain Name System(DNS)が登場する以前から存在しており、それぞれ独自のメール配送方式を採用していました。例えば、当時広く利用されていたUUCPでは、「バングパス(bang path)」と呼ばれる方式で、ホスト名を感嘆符(!)で区切って配送経路を表していました。 sendmailは、これらすべてに対応していました。 解析処理の複雑さに加え、設定ファイルも非常に簡潔な書式で記述されていました。これは1980年代のメモリやディスク容量の制約を考慮した設計でした。そのため、一般的なsendmailの設定ファイルは、まるで暗号化されたスパイ文書のように見えるほど難解です。 そして、その簡潔すぎる設定形式とは対照的に、公式ドキュメントは非常に膨大でした。O'Reilly社の名著『sendmail』(初版はAllman自身が執筆)は版を重ねるごとに内容が増え、最終的には1,300ページを超える大著となりました。それでも長年にわたり、システム管理者にとって必携の一冊でした。 私が確認できたsendmailの普及率に関する統計は1996年のものですが、その時点で到達可能なSMTPサーバーの約80%がsendmailを利用しており、他のメールサーバーソフトウェアを大きく引き離していました。 また、sendmailがコンピューター史に果たしたもう一つの重要な役割についても触れておかなければなりません。それは、インターネット全体を対象とした最初の大規模サイバー攻撃を引き起こすきっかけとなったことです。 その理由は、sendmailには長年にわたり既知のセキュリティ脆弱性が存在していたためです。この脆弱性を含む機能は無効化できましたが、多くの管理者はその対応を行いませんでした。確かに目立たない脆弱性ではありましたが、その存在は以前から知られていたにもかかわらず、修正されていませんでした。 sendmailは名目上はオープンソースでしたが、現代の多くのフリーソフトウェアプロジェクトのようにコミュニティ主体で開発されていたわけではありません。BSDの多くのコンポーネントと同様に、ごく少人数の開発チームによって管理されていました。 1980年代後半、私はMASSCOMPというUnixベンダーで働いていました。そこは比較的自由な社風で、社員は興味のある話題について会社全体にメールを送ることがよくありました。 あるメールでは、1人のプログラマーが日頃の不満を一気に書き連ねていました。さまざまなツールへの不満、プロジェクト運営への不満、会社の方針への不満を述べた最後に、冗談交じりでこう締めくくっていました。 「どうしてsendmailのバグはまだ残っているんだ?」 おそらく、このバグこそが、1988年に大学院生によって悪用された脆弱性だったのでしょう。その結果、「ワーム」と呼ばれるプログラムがコンピューターからコンピューターへと自己増殖しながら感染を広げ、インターネット上の約10%のホストを停止させました。 初期のセキュリティ侵害の多くと同様、このワーム事件は、それまで抽象的・理論的な存在だった脅威を、一気に現実のものへと変えました。 その後も開発者たちは脆弱性の修正に取り組み続けています。しかし、多くの利用者はソフトウェアの更新を後回しにしてしまうため、既知の脆弱性が現在でも攻撃に悪用され続けています。 コンピューティング革新を育んだ豊かな土壌 BSDは、このシリーズで紹介したネットワーク技術以外にも、現代のオペレーティングシステムやプログラミングツールに計り知れない影響を与えています。 本シリーズで紹介しきれなかった代表的な成果には、次のようなものがあります。 vi:BSD、Linux、その他のUnix系OSで多くの上級ユーザーに利用されている高機能テキストエディター Jails:DockerやKubernetesの基盤となるコンテナ技術の先駆け Berkeley Packet Filter(BPF):カーネル内でユーザー空間プログラムを実行するための仕組み。現在ではLinuxにも移植され、多くの高度な機能で利用されている termcapとcurses:プレーンテキスト画面上でグラフィカルなユーザーインターフェースを実現するCライブラリ(1980年代には画期的な技術であり、特にviの実装を支えました) BSD Make:AT&T Unixのビルドシステムを全面的に作り直したもので、Linuxカーネルのビルドで使われるGNU MakeとAutoconf/Automakeとは異なる、包括的なビルド管理環境を提供しています BSDは、Unixベース企業として歴史上最も成功し、最も大きな影響を与えた企業の一つであるSun Microsystemsの中核技術でもありました。 Sun Microsystemsは1982年にBill JoyをはじめとするBSDの主要開発者によって設立され、研究者やUnixのプロフェッショナルから最も支持されるベンダーとなりました。 同社は、その歴史の中でコンピューティングを代表する2つの重要な技術を生み出しました。それが、分散ファイルシステムのNFSと、プログラミング言語Javaです。 では、なぜBSDは世界共通のフリーOSにならなかったのでしょうか。 その経緯については、私が執筆した4部構成の記事「From Unix to Linux: Key Trends in the Evolution of Operating Systems」で詳しく解説しています。特に第3回では、BSDの普及を阻んだ要因について紹介しています。 それでもBSDは現在もさまざまな分野で活躍しています。 多くの大企業のミッションクリティカルなシステムを支え続けており、その安定性や性能を高く評価する管理者の中には、「パタゴニアにいるすべてのペンギンと引き換えでもLinuxには乗り換えない」と語る人もいます。 BSDを製品の中核技術として利用している企業には、Apple(BSDを基盤とするmacOSの中核部分を、オープンソースプロジェクト「Darwin」として公開)、Network Appliance、Netflix、Juniper Networks、New York Internet、Sheridan Computers、Beckhoff、Metify、rgNets、Cloudium、Antithesis、ecard、そしてSony PlayStationなどがあります。 なお、多くの企業は、自社製品でBSDを利用していることを公表していません。 たとえ別のオペレーティングシステムを利用している人であっても、その基盤にはBSDが残した遺産があります。 なぜなら、インターネットが今日の姿へと成熟する土台を築いたのはBSDだったからです。 《 このシリーズの第1回を読む

Linuxへの好奇心が導いたアレハンドラのFOSSストーリー

好奇心から始まったことが、やがて人生のキャリアを形づくることがあります。 今回ご紹介するのは、アレハンドラ・レタナ・ピエドラさんへのインタビューです。幼い頃、コスタリカでLinuxに出会ったことが、静かにITとオープンソースへの道を切り開きました。現在では、その情熱と努力によって、地域での経験と世界中のFOSS(Free and Open Source Software:自由・オープンソースソフトウェア)コミュニティをつなぐ存在となっています。 これは、幼い頃の小さなきっかけが、長く続く大きな影響につながることを教えてくれる物語です。 Linuxやオープンソースソフトウェアと初めて出会ったきっかけ、そして興味を持った理由を教えてください。 私がLinuxやオープンソースソフトウェアと初めて出会ったのは、とても幼い頃でした。 当時、家には古いコンピューターがありましたが、ほとんど何も動かせない状態でした。そこで、コンピューター関連の仕事をしていた近所の方がLinuxをインストールしてくださり、その古いマシンが再び使えるようになったのです。 古いコンピューターがまるで生まれ変わったように動き出したことに、とても驚きました。この出来事は今でも強く印象に残っています。 その後、高校生になってから、自分のノートPCにWindowsとUbuntuのデュアルブート環境を構築しました。その経験をきっかけに、GIMPやAudacityなど、有料ソフトの代わりとして利用できるさまざまなオープンソースソフトウェアを使い始めました。 現在でも、こうしたオープンソースソフトウェアを数多く利用しています。Linuxとオープンソースソフトウェアは、私のテクノロジーに対する考え方に大きな影響を与え、コンピューターには無限の可能性があることを教えてくれました。 Linuxやオープンソースソフトウェアへの興味はどのように変化してきましたか。また、現在の生活ではどのような存在になっていますか。 Linuxやオープンソースソフトウェアへの関心は、年月とともに大きく深まってきました。 現在はUbuntuをはじめ、さまざまなオープンソースソフトウェアを利用しています。また、使い始めた頃と比べて、これらのソフトウェアが非常に使いやすく進化していることも実感しています。 オープンソースソフトウェアは、仕事でも個人的なプロジェクトでも日常的に活用しています。また、家族や友人にも役立つオープンソースソフトウェアを紹介することを楽しんでいます。 私にとってオープンソースは、単なるツールではなく、周囲の人たちと共有したい大切な存在になっています。 LPI認定資格の取得を目指した理由と、それがキャリアにどのような影響を与えましたか。 Linux Professional Institute(LPI)の認定資格は、情報技術(Information Technology)の学士課程を修了するための要件の一つとして取得しました。 私は、LinuxはIT業界において非常に重要な役割を果たしており、幅広い知識を持つITプロフェッショナルになるためには、Linuxをしっかり理解しておくことが欠かせないと考えています。 私にとって認定資格は、単に卒業要件を満たすためのものではありませんでした。現在のIT業界で必要とされる実践的なスキルを身に付け、将来の仕事でLinuxを自信を持って扱えるようになるための大切な学びでした。 LPI認定試験にはどのように取り組みましたか。また、これから受験を考えている方へのアドバイスをお願いします。 Linux Essentials認定試験の対策として、まず自分のノートPCにUbuntuをインストールし、LPI Learning Portalで提供されているガイドの演習をすべて実践しました。 また、Learning MaterialsのPDF版もダウンロードし、重要なポイントにハイライトを付けたり、学習内容を整理したりしながら勉強を進めました。 各ドメインやサブドメインの内容を読み込み、特に各章の導入部分を丁寧に確認しました。また、ガイドに掲載されている「Key Knowledge Areas(重要知識分野)」を重点的に復習し、どの分野が特に重要なのかを意識して学習しました。 これから受験する方には、実際にLinux環境を構築して手を動かしながら学ぶこと、ノートを整理して学習内容をまとめること、そして公式ガイドで示されている重要知識分野を重点的に学習することをおすすめします。 Linuxを使うべき理由を3つ、そしてITプロフェッショナルがLPI認定資格を取得すべき理由を3つ教えてください。 Linuxを使うべき理由として、まず挙げたいのは、他のOSとは異なる環境を体験し、高いカスタマイズ性を実感できることです。 2つ目は、Linuxは軽量で動作するため、古いハードウェアでも再び快適に利用できるようになり、コンピューターを長く活用できることです。 3つ目は、多くの無償のオープンソースソフトウェアを利用できるため、ソフトウェア導入コストを抑えられることです。 一方、ITプロフェッショナルがLPI認定資格を取得する理由としては、まず技術者として幅広い知識を身に付けられることが挙げられます。 また、Linuxのスキルを客観的に証明できるため、就職や転職の際の大きなアピールになります。 さらに、より高度なLinux技術や専門資格へとステップアップするための基礎を築くことができます。 Linuxやオープンソースソフトウェアを学び始めたばかりの人へ、一つだけアドバイスをするとしたら何ですか。 何よりも、柔軟な気持ちを持ち、一歩ずつ学んでいくことです。 学ぶことはたくさんありますが、幸いにもインターネット上には豊富な学習リソースがあり、初心者を喜んでサポートしてくれる素晴らしいコミュニティがあります。 質問することを恐れず、コミュニティの力を積極的に活用してほしいと思います。 休日はどのように過ごしていますか。 コスタリカにいる家族や友人と過ごす時間をとても大切にしています。 また、モルモットやウサギの世話をすることも楽しみの一つです。 そのほかにも、読書をしたり、ビデオゲームを楽しんだり、ピアノを弾いてリラックスしたりして過ごしています。 オープンソースソフトウェアは、テクノロジー業界における多様性やインクルージョンの推進にどのように役立つと思いますか。また、そのような活動に参加した経験はありますか。 オープンソースには、多様性やインクルージョンを推進する大きな可能性があると思います。 なぜなら、どのような経歴や出身であっても誰でも参加でき、学位や特定の肩書きがなくても、好奇心と学ぶ意欲さえあれば貢献できるからです。 私自身、有色人種の女性として、オープンソースコミュニティを含むIT業界には、より多様な声が必要だと感じています。 これまで特定の活動に参加した経験はありませんが、自分自身が積極的に参加し、自分の考えを発信し、周囲の人たちにも参加を勧めることが、少しずつ変化を生み出していくと信じています。 テクノロジー分野で働こうと思ったきっかけと、どのようにキャリアをスタートさせたのか教えてください。 子どもの頃から、家族の中では何か機械のトラブルが起きると、いつも私が頼られる存在でした。 プリンターやスマートフォン、コンピューターなど、何か問題が起きるたびに相談を受けていました。 とはいえ、IT業界は男性が多い分野という印象があり、自分がその世界で働くことには少し不安も感じていました。 実際、最初は経営学を学び、会計の仕事をしていました。 しかしある日、ITインターン募集の投稿を見つけ、「挑戦してみよう」と決意しました。仕事を辞めて応募したところ、そのインターンシップでは本当に多くのことを学ぶことができました。そして数か月後には正社員として採用されました。 それ以来、とても充実したキャリアを歩んでいます。 << このシリーズの前回の記事を読む | LPI認定取得者の成功事例をもっと読む >>

BSDが築いたインターネット ― その功績(前編)

BSDとインターネットの歩み(前編) 「スペイン宗教裁判を予想した者はいない」という有名なモンティ・パイソンのギャグがありますが、インターネットもまた、誰もその登場を予想していませんでした。インターネットの原型であるARPANETが誕生したのは、そのギャグを生み出したコメディグループ、モンティ・パイソンが活動を始めた1969年と同じ年です。しかし、その後の約10年間、インターネットはファイル共有など限られた用途に使われる便利な仕組みと考えられており、数十年後に私たちの生活を大きく変える存在になると予想していた人はほとんどいませんでした。 コンピュータを本格的なインターネット時代へと導いた最大の立役者の一つが、カリフォルニア大学バークレー校です。同大学はUnixを独自に発展させたBerkeley Software Distribution(BSD)を開発しました。 Linux Professional Institute(LPI)は、BSD Specialist認定を通じてBSDの普及と発展を支援しています。本記事は前後編の2回にわたり、BSDとインターネットがどのように発展し、お互いに大きな影響を与え合ってきたのかを紹介します。実は、BSDはインターネットの発展に不可欠な存在であっただけでなく、インターネットもまたBSDの発展に欠かせない存在だったのです。 米国政府が「情報ハイウェイ」の整備を推進 インターネットは、正式には米国国防総省が生み出した技術です。その起源は、同省のAdvanced Research Projects Agency(ARPA:高等研究計画局)が進めた研究プロジェクトにあります。 ARPANETは1969年に運用を開始し、その後1970年代から1980年代にかけて、ヴィント・サーフらによるTCP/IPの開発によって、現在のインターネットへと発展していきました。 しかし、通信プロトコルは標準化されたものの、プログラムからネットワーク機能を利用するためのインターフェースは扱いづらく、標準化も十分ではありませんでした。 そこで、後にDARPAへ改称されたARPAは、1970年代後半、インターネットに対応したオペレーティングシステムの開発に本格的に取り組むことを決定します。 その候補として最も有力だったのがUnixでした。Unixはさまざまなハードウェア上で動作する移植性の高いOSであり、国防総省と関わりの深い研究者の間でも広く利用されていました。 興味深いのは、DARPAが世界有数の大企業であるAT&Tの提供する公式Unixではなく、カリフォルニア大学バークレー校の大学院生たちが開発していたBSDを選択したことです。この大胆な判断は、DARPAの革新的な姿勢を象徴するものでした。 もちろん、BSDの発展は大学の学生だけによるものではありません。BSDの中心人物として、長年ソースコードとプロジェクト運営の両面で大きく貢献したMarshall Kirk McKusick氏は、1979年から1993年までの主要な貢献者一覧を提供しています。その一覧には、大規模なサブシステムを提供した約60名・団体に加え、数百人もの開発者が名を連ねています。 DARPAがバークレー校を高く評価した理由はいくつかあります。 第一に、Unixへ数多くの重要な改良を加え、高い技術力と開発力を示していたことです。 そして何より大きかったのは、そのライセンス形態でした。BSDでは、ソースコードを誰でも自由に利用できる形で公開していたのです。 つまり、BSDは今日でいうフリー/オープンソースソフトウェアの先駆けとも言える存在でした。 もちろん、その実現までの道のりは単純ではありませんでした。バークレー校が開発したコードはAT&TのUnixを補完する形で提供され、AT&T版Unixをライセンス契約した利用者は両者を組み合わせて利用していました。その中でも、BSDのネットワーク機能は最初に独立して公開された部分でした。 DARPAからの支援を受け、バークレー校はBSDを発展させるために重要な3つの取り組みを行いました。 BSD開発を統括する正式な組織としてComputer Systems Research Group(CSRG)を設立し、その後約12年間にわたりプロジェクトを牽引したこと。 現在も広く知られるBSDライセンスを策定し、BSDをフリーかつオープンソースソフトウェアとして公開したこと。 長年の開発とAT&Tとの訴訟を経て、AT&Tのコードに依存しない完全に独立したオペレーティングシステムを完成させたこと。 このような理由から、インターネットの存在はBSDの成功に欠かせない要素だったと言えます。そしてDARPAとの共同開発によってBSDはさらに重要な存在となりました。 BSD 4.1および4.2で初めて公開された成果により、多くのシステムが共通のインターネットへ接続できるようになりました。さらに、その後のBSD 4.3は、2006年にInformationWeek誌から「史上最も偉大で、世界に最も大きな影響を与えたソフトウェア」とまで評価されています。 BSDそのものについて詳しく見る前に、まず重要なのは、BSDが開発したネットワーク技術はBSDだけのものではなかったという点です。Unix系だけでなく、Unix以外のさまざまなオペレーティングシステムでも利用できました。 この互換性こそが、1989年にティム・バーナーズ=リーが既存のインターネット技術や構造化マークアップ言語などを組み合わせてWorld Wide Web(WWW)を生み出す土台となりました。 Webの誕生によってインターネットは誰も予想しなかったほど急速に普及し、電子商取引やAPIによるシステム連携など、現在のインターネット社会を支えるさまざまな技術の発展へとつながっていきました。 インターネット接続を支えた基盤技術 ネットワーク通信の基本となるのは、ネットワーク経由でデータを送受信するシステムコールです。 あらゆるオペレーティングシステムはネットワーク層へアクセスする仕組みを備えていますが、そのほとんどは現在でも**Berkeley Sockets(バークレーソケット)**を基礎としています。 ソケットとは、ネットワークプログラミングをファイル操作と同じような感覚で行えるシンプルなデータ構造です。(これは単なる例えではありません。Unixでは「すべてがファイル」という考え方が採用されています。) プログラマーはTCPやUDPなど利用したい通信プロトコルを指定し、通信方式に関するいくつかの引数を与えるだけで済みます。 ファイル作成と同様に、ソケットを作成するとネットワーク接続を表す整数値が返され、その後は送信・受信・入力待ちなどの処理を簡単に実装できます。 Webサービスや動画配信、リモートログインなど、現在インターネットで利用されているほぼすべての通信技術をたどっていくと、その基盤には何らかの形でBerkeley Socketsの考え方が組み込まれています。 通信相手を見つけるには? BSDプロジェクトは、Domain Name System(DNS)を実用的な仕組みとして普及させた立役者でもあります。 DNSは、人間が理解しやすいlpi.orgのようなホスト名を、65.39.134.140のようなIPアドレスへ変換する分散型システムです。 インターネット上のあらゆるプログラムは、通信相手へ接続するために、どのDNSサーバーへ問い合わせればよいかを判断しなければなりません。 初期のインターネットは、小さな町のように誰もがお互いを知っている世界でした。そのため、管理者は各コンピューターのHOSTS.TXTファイルへホスト名を手作業で登録していました。 このファイルは現在でも存在していますが、通常はローカルネットワーク内のアドレスだけを管理し、インターネット上のホスト名の解決はDNSが担当しています。 DNSは非常に複雑な仕組みです。1983年に公開されたDNS仕様(RFC 881、RFC 882)とその後のRFCでは、権威DNSサーバーの分散配置、委任、冗長化など、高い信頼性を持つ分散システムの設計が求められました。 (RFCとは、Internet Engineering Task Force(IETF)が公開する技術文書であり、インターネット標準仕様などが定義されています。) その後数十年にわたり、分散システムでは整合性や耐障害性を両立させるためのさまざまな研究が進められました。 例えば、大規模分散データベースのCassandra、合意形成アルゴリズムであるPaxos、ZooKeeper、Raft、そして世界中のインターネット通信を支えるCDN(コンテンツ配信ネットワーク)などがあります。 しかし、BSD開発者がDNSを実装していた当時には、こうした技術はまだ存在していませんでした。 BSDチームが開発したBerkeley Internet Name Domain(BIND)は最初のDNSサーバーではありませんでしたが、DNS黎明期に登場した最も重要な実装の一つであり、その後何十年にもわたって事実上の標準となりました。 2023年になっても、BINDはすでにレガシー技術と見なされ、多くの代替製品が登場していたにもかかわらず、権威DNSサーバーの約60%で利用されていると推定されています。これは、問い合わせを転送するだけでなく、正式なDNS情報を提供するサーバーを指します。 本シリーズの後編では、BSDがコンピューティングの世界にもたらした、さらに重要な貢献について紹介します。

LPIとOSSMalta、マルタのデジタル成長に向けて覚書を締結

LPIとOSSMalta、マルタのオープンソース人材育成を推進するための覚書(MoU)を締結 マルタ・バレッタ/カナダ・オンタリオ、2026年6月10日 — オープンソース認定資格のグローバルスタンダードであるLinux Professional Institute(LPI)と、Open Source Society Malta(OSSMalta)は、このたび覚書(MoU)を締結したことを発表しました。 この画期的な合意は、オープンソース教育と需要の高いIT人材の育成を結びつけることで、マルタがグローバルなデジタル経済において成功を収めるための基盤を築くことを目的としています。 20年にわたるオープンソース推進の実績 今回のMoUは、マルタ諸島において20年にわたりオープンテクノロジーを推進してきたOSSMaltaの実績を基盤とし、教育機関、学生、そしてLPI認定取得者(LPI Alumni)をつなぐ専任窓口としての役割を正式に位置づけるものです。 LPIの世界水準の認定制度と、OSSMaltaが持つ強力なコミュニティ基盤を組み合わせることで、将来に対応できる人材育成のための明確なロードマップを提供します。 地中海地域のテクノロジー産業を見据えた戦略的ビジョン マルタは、その独自の地理的条件から、ヨーロッパと地中海地域を結ぶハイテク分野の架け橋として理想的な位置にあります。 今回のMoUでは、次世代のIT人材には理論的な知識だけでなく、国際的な舞台で活躍するための世界的に認知された資格が必要であるとの認識を共有しています。 MoUの主な柱 次世代人材の育成 OSSMaltaは、学校や大学と連携する戦略的な窓口として機能し、LPIの教育プログラムの導入を促進します。これにより、学生が業界で即戦力となるスキルを身につけて卒業できるよう支援します。 LPI認定取得者コミュニティの支援 本覚書は、マルタ国内のLPI認定取得者ネットワークを支援し、生涯学習、メンタリング、そして専門家同士のネットワーキングの場を提供します。 地域成長の推進 マルタの戦略的な立地を活かし、地中海地域全体のテクノロジー産業を支える技術人材の育成を目指します。 コミュニティ主導による発展 OSSMaltaは、マルタのオープンソースエコシステムを支えるユーザーや貢献者によって支えられ、20年にわたり成長を続けてきました。そのコミュニティ主導の精神を今後も大切にしていきます。 「マルタには、オープンソース人材育成における地域の中核拠点となる可能性があります。このMoUは、コミュニティ、教育、そして産業界を結ぶ架け橋となり、学生やプロフェッショナルが世界的に認められるスキルを身につけ、イノベーション、雇用機会、そしてデジタル主権の向上につながることを支援します」と、Linux Professional Institute(LPI)のHernán Pachas Magallanes氏は述べています。 「20年にわたるOSSMaltaのリーダーシップにより、マルタの学生やプロフェッショナルが国際的なテクノロジー分野で活躍するための環境を整える最適なパートナーとなっています。」 また、OSSMalta創設者のWarren Camilleri氏は次のように述べています。 「OSSMaltaは20年にわたり、オープンソースこそがデジタルの自律性とイノベーションの鍵であるという信念を掲げてきました。しかし、私たちの成功を支えてきた真の原動力は常に『人』でした。メンバー、貢献者、そしてマルタで日々オープンソースを活用するユーザーの皆さんが、このコミュニティを築いてきたのです。LPIとの今回のMoUは、そうした皆さまの献身への敬意を表すものであり、そしてこれからその後に続く学生たちに対しても、認定資格を通じたグローバルな成功への道筋を提供するものです。」 Linux Professional Institute(LPI)について **Linux Professional Institute(LPI)**は、オープンソース分野のプロフェッショナルに向けた認定資格基準とキャリア支援を提供する国際的な組織です。 35万人を超える認定取得者を擁し、ベンダーニュートラルなLinuxおよびオープンソース認定機関として、世界初かつ最大規模を誇ります。180か国以上で認定資格を提供し、多言語での試験実施と、世界各地の数百に及ぶトレーニングパートナーとの連携を行っています。 詳細は、www.lpi.org をご覧ください。 Open Source Society Malta(OSSMalta)について OSSMaltaは20年以上前に設立された、マルタ諸島におけるオープンソースソフトウェアおよびオープンスタンダード分野の主要団体です。 同団体は、マルタおよび地中海地域におけるイノベーション、教育、そしてデジタルの自由を促進するため、協力的なエコシステムの構築に取り組んでいます。 詳細は ossmalta.eu をご覧ください。 メディアお問い合わせ先 Warren CamilleriFounderOpen Source Society Malta(OSSMalta)warren@ossmalta.eu Shamiul HossainCommunicationsLinux Professional Institute(LPI)shossain@lpi.org

Kubernetesが大規模コンピューティングを支配するまで:第2回 ― なぜKubernetesが業界標準になったのか

本シリーズの第1回では、コンテナが実用的な選択肢となる直前の分散コンピューティングの状況を見てきました。今回は、その後の展開を現在まで追っていきます。 Dockerプロジェクトによって「コンテナ」という言葉が広く知られるようになりましたが、その考え方の起源は、一般的に2000年にFreeBSDがリリースした「Jails(ジェイル)」という機能までさかのぼります。この機能自体も、さらに古いUnixの「chroot」という仕組みに基づいています。chrootは、特定のディレクトリをプロセスのルートディレクトリとして定義し、その外側のファイルシステムへのアクセスを禁止することで、プロセスを隔離する技術です。しかし、Jailsは広く利用されるには機能が十分ではなく、他のオペレーティングシステムでも実装されませんでした。 2008年初頭、LinuxカーネルにはGoogleが2006年に開発したcgroups(control groups)が組み込まれました。この機能により、管理者はカーネルレベルでプロセスを分離し、メモリやCPU使用量を制限するなど、さまざまなプロセス管理を行えるようになりました。QEMUやXENをはじめとする多くの仮想化ツールがcgroupsを採用し、仮想化技術は徐々に発展していきました。 そして2013年が大きな転換点となります。この年にDockerとKubernetesの両方が誕生したのです。2013年3月にはDockerが正式に発表されました。またGoogleは同年夏にコンテナオーケストレーションプラットフォームについて言及し、2015年7月にKubernetesをリリースしました。 Dockerはまさに時代の要請から生まれた存在でした。Linux上で動作し、開発者や管理者にとって馴染み深いLinuxライクなコマンド体系を採用しています。 他の現代的な管理ツールと同様に、Dockerは設定ファイルをもとにイメージを作成します。多少の複雑さもあり、例えばビルドは2段階で行われます。第1段階ではインスタンスをコンパイルするためのツール一式を用意し、第2段階では実行に必要な最小限の環境だけを含めます。それでもプロセス全体は比較的シンプルであり、現代のソフトウェア開発に求められる継続的な更新に対応した迅速な再ビルドを可能にしています。 Docker、そしてその後のKubernetesによって、分散コンピューティングにおける「ちょうどよい落としどころ(sweet spot)」が埋められました。しかし、分散コンピューティングには数多くの管理タスクが伴います。Kubernetesの開発者たちは、そのすべてを自ら解決しようとはしませんでした。新たなCORBA、DCE、あるいはOpenStackを作るつもりはなかったのです。その代わり、後から登場する解決策が生まれやすい基盤を整えました。 それでは、どのようなツールが必要だったのでしょうか。 オーケストレーションの役割 「オーケストレーション」という言葉は、しばしば「ガバナンス」と同様に、分散環境における管理タスク全般を指す抽象的で少し難解な用語として使われます。 分散コンピューティングにおいて、開発者や管理者が実行しなければならない主なタスクには次のようなものがあります。 自動スケーリング 多くのアプリケーションでは、アクセス負荷が急激に変動します。特にWebサイトでは、一度に大量のリクエストが集中することがあります(これは何十年も前から「SlashDot効果」として知られています)。 分散システムは、トラフィックの増加を検知すると必要に応じてクラウド上に新しいノードを追加し、不要になれば迅速に解放する必要があります。 自動再起動と状態維持 負荷を処理するために30台のノードが必要だと判断した場合、1台が障害を起こせば代替ノードを立ち上げなければなりません。 理想的には、障害(ソフトウェアのバグ、ネットワーク切断、ハードウェア故障など)が発生した際には管理者に通知され、根本原因が修正されます。しかし、その間も分散システムは自動的に同一のインスタンスを起動し、システムの望ましい状態を維持しなければなりません。 ロードバランシング 通常、独立したプロキシが使用され、ワーカーノードへ公平にリクエストを振り分けます。 サービスディスカバリー 専用のDNSサーバーやその他の仕組みを通じて、各ノードは依存しているサービスを見つけられる必要があります。 ローリングアップデート これは、現代のコンピューティングにおけるもう一つの重要な要素である「頻繁で段階的なソフトウェア更新」に関わるテーマです。 ユーザーからの既存のリクエストを処理し続けながら各ノードを更新したい場合、分散システムはアイドル状態のノードを順次停止して新しいノードに置き換え、最終的にすべてのノードを最新状態へ移行できる必要があります。 さらに、これらのタスクにはログ管理、監視、アラート通知など、多くの自動化機能が求められます。 Kubernetesという巨大な存在 Dockerが初めてリリースされてから1年半後の2014年11月、前述した機能をすべて提供するSwarmのバージョン1.0がリリースされました。 Swarmは一定の人気を集めましたが、業界のKubernetesへの熱狂を抑えることはできませんでした。現在では、主にテスト用途や小規模プロジェクト向けの選択肢として見られています。 現在でもDockerはコンテナイメージを作成する重要なツールとして利用されていますが、その多くはKubernetes上で実行されています。 2018年には、Red HatがDockerのほぼ代替となるPodmanを開発しました。Podmanの大きな魅力は、ホストシステム上でroot権限を必要とせず、ユーザーモードで動作する点です(Dockerも「rootless mode」で動作できますが、機能や性能に制限があります)。 PodmanはDockerとのアーキテクチャの違いからSwarmには対応しておらず、「Podman Swarm」が登場することもありません。スケーリングやその他のオーケストレーション機能については、Podmanの開発者もKubernetesを利用しています。 (Red Hatは戦略を全面的にKubernetesへシフトしています。PodmanをはじめとするKubernetes関連ツールを多数開発しているだけでなく、自社の主要製品であるOpenShiftクラウドもKubernetesを基盤としています。) Kubernetesの強力さを示す例のひとつが、Persistent Volume(永続ボリューム)機能です。 コンテナ(また、仮想マシンやFaaSインスタンスも同様)は一時的な存在であり、サービス全体に影響を与えることなく消滅することを前提に設計されています。そのため、顧客情報など保存が必要な状態データや、後続のプログラムで利用するデータはコンテナ外部に保存する必要があります。 Persistent Volumeは、このニーズを非常に洗練された形で満たしており、Kubernetesと密接に統合されています。 私は、Kubernetesの成功は、莫大なリソースを持つGoogleによる積極的な取り組みと、絶妙なタイミングにあったと考えています。 GoogleはKubernetesを社内プロジェクトを基に開発しました。非常に大きな投資を行っていたため、経営陣はオープンソース化に慎重でした。しかし、最終的に決め手となったのは次の認識だったようです。 「顧客は大量のCPUに対して料金を支払っているが、仮想マシンを利用しているため、その利用率は極めて低い。」 つまりGoogleは、信頼できる強力なオーケストレーションツールを無償かつオープンソースで提供すれば、自社クラウドビジネスを大きく拡大できると判断したのです。 実際、Cloud Foundry(VMwareが2009年に立ち上げたオープンソースプロジェクト)をはじめ、あらゆるPaaSベンダーが、自社サービス上でコンテナを実行するための基盤としてKubernetesを歓迎しました。 Androidと同様に、業界ではGoogle製品には継続的なサポートが期待されています。一方で、オープンソースであることは、誰かがソフトウェアを取り上げたり、利用者のニーズに反する方向へ開発を強制したりできないという信頼につながります。 しかしGoogleは、多くの企業のようにソフトウェアを公開して終わりにはしませんでした。リリースからわずか1年後の2015年7月、Googleはオープンソース界のもう一つの巨人であるLinux Foundationと提携し、ベンダーニュートラルなCloud Native Computing Foundation(CNCF)を設立しました。 CNCFにはコンピューティング業界のほぼすべての主要企業が参加しており、多数の管理ツールを育成するインキュベーターの役割を果たしています。 ここでいう「クラウド」という言葉は限定的な意味で使われています。彼らが対象としているのは仮想マシンではありません。その活動のほとんどはKubernetesに向けられています。 また、Red HatやCNCFが多大なリソースを投入しなくても、コミュニティはKubernetesの複雑な運用を容易にするためのツール群を次々と生み出していたでしょう。 もし「K」で始まるソフトウェア名を耳にしたなら、その多くはKubernetes向けのツールだと考えてよいでしょう。(デスクトップ環境のKDEも同じ命名規則ですが、用途が大きく異なるため混同することはほとんどありません。) まとめ 数多くの競合プロジェクト(プロプライエタリ、オープンソースを問わず)が存在する中で、Kubernetesは絶妙なタイミングで登場し、現実の顧客ニーズに応え、強力な組織の支援を受けたことで勝者となりました。 また、そのオープンソースライセンスと活発なコミュニティ活動は、Kubernetesを現代コンピューティングにおける最も重要なプロジェクトのひとつへと押し上げる決定的な要因となっています。 << 本記事の第1回を読む

Linuxはすでに未来そのもの ― 未来はずっとここにあった

Linux ― 未来を支えるテクノロジー 未来は、すでにここにあります。そして、本シリーズで振り返ってきた歴史が示すように、その理由は驚くほどシンプルです。未来はどこかへ行ってしまったのではなく、ずっと私たちのそばにあったのです。 私たちは今、テクノロジーが生活のあらゆる瞬間に浸透している時代を生きています。技術革新はあまりにも当たり前の存在となり、その恩恵に気付くことすら少なくなりました。私たちはそれを日常の一部として受け入れ、当然のものとして利用しています。 そして、その中心には Linux があります。 ポケットの中の Android スマートフォンは Linux 上で動作しています。インターネットを支えるサーバー群も Linux に依存しています。スマートホーム機器、IoT デバイス、自動車システム――そのすべてが Linux を基盤として動いています。 目立つことなく、静かに、そして確実に。Linux はすでに私たちの技術的な未来の中に深く組み込まれているのです。 しかし、Linux の真の影響力を数行で説明しようとすると、そこに大きな問題があります。実際に Linux が担っている役割や運用面での重要性は、どんな短い説明よりもはるかに大きいからです。 だからこそ、より深く掘り下げて見ていく必要があります。 本シリーズは、そのためのものです。 デスクトップ:転換点を迎えるのか? 長年にわたり、Linux は「Linuxデスクトップの年」が訪れると言われ続けてきました。 しかし、2026年は本当にその転換点になるかもしれません。 その理由は、具体的で構造的な変化が起きているからです。 Windows 10 のサポート終了、Windows 11 が求める高いハードウェア要件、そして電子廃棄物(E-waste)への関心の高まり。これらの要素が重なり、Linux にとってこれまでになかった追い風が生まれています。 クラウドとサーバー:見えないオペレーティングシステム クラウドを支える膨大な数のマシン――ネットワーク機器、ゲートウェイ、監視プローブ、基盤インフラなど――の大半は Linux ベースです。 例えば、Linux はクラウド環境の 90.1%、機械学習ワークロードの 87.8% で利用されています。 この圧倒的な普及率は、驚くべきことであると同時に、ある意味では当然の結果でもあります。 もし世界中の Linux システムがわずか5分間停止したらどうなるでしょうか? 本シリーズでは、IaaS や PaaS を支える基盤技術、Infrastructure as Code(IaC)の役割、そして Linux がどのようにクラウドを静かに、確実に支え続けているのかを見ていきます。 仮想マシンとコンテナ:対立か、それとも融合か? 仮想化とコンテナ化は、単純な技術の置き換えでもなければ、自社運用からクラウドデータセンターへの移行を意味するものでもありません。 これらは、システムの分離性、柔軟性、そして現代的なインフラ運用の効率性を実現するためのアーキテクチャ層として発展してきました。 本シリーズでは、それぞれの技術がどのように共存し、補完し合っているのかを探ります。 x86から、その先へ:アーキテクチャの転換 約50年にわたりコンピューティングの中心であり続けた Intel の x86 アーキテクチャですが、現在、新たな転換期を迎えています。 ARM や RISC-V は単なる代替手段ではありません。 それらは、新しい可能性を切り開くフロンティアです。 そして Linux は、すでにその最前線で適応を続けています。 人工知能:製品ではなくプラットフォーム AI は単一のツールではありません。 それは巨大なエコシステムです。 重要なのは [...]

Kubernetesはいかに大規模コンピューティングの主役となったのか(前編)

Kubernetesが注目される理由 ― クラウド時代の新しい標準 現在、多くのベンダーが、規模を問わずさまざまな組織にクラウドサービスの導入を勧めています。その中でも、開発者やシステム管理者に対して専門家たちが特に強く推奨しているのが Kubernetes(クバネティス) です。 Kubernetesを習得すれば、あらゆるクラウドサービス上でプログラムを実行できるようになります。そして、世界中の企業における仕事のチャンスも大きく広がります。 本シリーズでは、Kubernetesが2015年の初回リリース以降、なぜこれほど短期間で中心的な存在になったのかを解説します。 そのために、コンテナの仕組みを、コンピューター資源を共有する他の代表的な2つの形態と比較していきます。 仮想マシン(Virtual Machines)(Infrastructure as a Service:IaaS) Functions as a Service(FaaS) さらに、Kubernetesが、特にDockerを中心とする豊かなコンテナ技術の環境の中でどのように登場し、それまで存在していた仕組みを活かしながら発展していったのかも紹介します。 なお、このシリーズでは「サーバーレスコンピューティング」という言葉は使いません。その理由は、この言葉が曖昧で、PaaSにもFaaSにも使われることがあるためです。そして何より、少し誤解を招く表現でもあります。というのも、実際には必ずどこかにサーバーが存在するからです。 Kubernetesは、LPI DevOps Tools Engineer認定資格でも扱われています。 コンピューター資源共有の代表的な3つの形態 このシリーズの読者の多くは、IaaS、Platform as a Service(PaaS:コンテナ化が含まれる領域)、そしてFaaSの違いをすでに理解しているかもしれません。 ここでは、それぞれの歴史を簡単に紹介しながら、どのような用途に向いているのか、そしてどのように普及していったのかを見ていきます。 まずは基本から整理してみましょう。 IaaS(仮想マシン) IaaSでは、OSやドライバを含む「ひとつの完全なコンピューターシステム」をエミュレートした環境が、別のシステムの上で動作します。 複数の仮想マシン(VM)は同じハードウェアとホストソフトウェア(ハイパーバイザー)を共有しますが、それぞれは互いを認識できず、他のVMの存在も見えません。 PaaS(コンテナ化) PaaSでは、アプリケーションとその実行環境(ライブラリ、場合によってはログ機能などの補助サービスを含む)が、共有OSの上で独立して動作します。 DockerやKubernetesは、このPaaS全体を構成する要素の一部です。 FaaS FaaSでは、独立したステートレスな関数が、ホストシステムが提供するプラットフォーム上で実行されます。そのプラットフォームには、関数を動かすために必要な環境があらかじめ用意されています。 この3つを比べると、段階が進むにつれて、ホストシステムとそのベンダーがより多くのソフトウェアと責任を担うようになります。 その結果、利用者側の開発者やシステム管理者は、自分たちが管理すべきソフトウェアの範囲を絞ることができます。 IaaSもFaaSも重要な技術ですが、Kubernetesはそれらを大きく上回る勢いで普及し、PaaSの分野でも圧倒的な存在となっています。 まずは仮想マシンとFaaSの歴史を見て、そのあとでコンテナ化について掘り下げていきます。 仮想マシン 完全なコンピューターシステムをエミュレートするという考え方、そしてそれを低コストで顧客に提供するという発想は、かなり古くから存在していました。 IBMは1967年の時点で、System/360 上で仮想マシンをサポートしていました。System/360は、1960〜70年代に「コンピューター」といえば真っ先に思い浮かぶほど有名な存在でした。 その後、 VMware:1998年 Amazon Web Services(AWS):2006年 と、仮想化技術は広がっていきます。 また、1台のデスクトップPC上で複数のコンピューター環境を個別に動かせるエミュレーターも多数存在しました。 代表例のひとつが QEMU です。QEMUは2003年に登場し、GNU/Linux上で広く利用されています。 仮想マシンの大きな利点 仮想マシンの大きなメリットは、ホストOSとゲストOSを別々にできることです。 多くのクラウドベンダーはホスト側にLinuxを採用していますが、顧客の中にはWindowsを動かしたい企業も多くあります。 たとえば Microsoft Azure は、その名の通りWindowsホスト上で動いています。 このように、利用者は自分の用途に合ったOSを自由に選べることが、仮想マシンの強みでした。 2013年にDockerが登場するまでは、仮想マシンは最先端技術と考えられていました。 しかし、仮想化には標準化が不足しており、それを補うためにさまざまな取り組みが行われました。 代表的なオープンソース実装として、 XEN KVM(Kernel-based Virtual Machine) があります。 XENは2003年にオープンソースとして公開され、「Linuxが仮想マシンのホストになれる」ことを示しました。Amazon EC2やGoogleも、かつてクラウド基盤にXENを利用していました。 KVMは2006年に登場しました。 (QEMUとXenは、LPIC-3 Virtualization and Containerization認定でも扱われています。) OpenStackという標準 仮想マシンの分野で最も大きな標準といえるのが OpenStack です。 OpenStackは、大手ホスティング企業Rackspaceの技術をもとに構築され、2010年に発表されました。 非常に野心的なプロジェクトであり、 ネットワーク ID管理(アクセス制御) テレメトリ(監視・計測) 3種類のストレージ など、30以上のソフトウェアコンポーネントで構成されています。 OpenStackは、膨大なデータ管理が必要な企業に適していると言えるでしょう。 たとえば、何百万もの顧客向けクラウドサービスを運用し、会計、監視、可観測性など、企業に必要な機能を包括的に提供できます。 ただし、それ自体がひとつの巨大な世界でもあります。 著者はOpenStackを、過去の巨大な標準化の試みに重ねています。 ひとつは CORBA(Common Object Request Broker Architecture)。 これは独立したプログラム同士を連携させるための仕組みでしたが、あまりにも多くを実現しようとした結果、複雑化しすぎて広く定着しませんでした。 最終的には、WebベースのRESTモデルが、多くの課題を解決することになります。 もうひとつは [...]